美是什么?美即残忍的先行者。当你顿感不适,只不过是它在静静地注视着你。

关于

痴人之爱(十三)

  当时,公司里的人应该都不知道我这种散漫的行为。

  在家的时候和在公司的时候,我的生活截然二分。当然,即使在处理事务的时候,我的脑海里也常常浮现出娜奥米的身影,但那并不妨碍我的工作,其他人也察觉不到。

  就这样,我一直以为,我在同事的眼里依然是个君子。


  可是有一天——梅雨季还没结束的时候,一个闷闷不乐的晚上——同事中有一个叫波川的技师,这次公司派他出国,而他的送别会就开在筑地的精养轩举行。

  我只是照例出席了一次人情场,会餐结束,甜点套餐的寒暄完,大家一个个地从用餐室跑到吸烟室,一边喝着餐后的liqueur(利口酒),一边叽叽喳喳地聊着天。

  这时我想可以回去了,于是站了起来。


  “喂,河合君,过来!”

  笑着叫住我的是个叫S的男人。S微带醉意,与T、K、H等人一起占领了一个沙发,硬是要把我拉入中间。

  “你也别这么逃嘛,接下来要去哪里啊?还下着雨——”

  S这么说着,抬头看着站在地上的我,再次微微一笑。


  “不,我不是这个意思,只是……”


  “那你要马上回去的吧?”

  H这么说。


  “啊,啊,不好意思,请原谅我的失礼。我家住在大森,天气还这么恶劣,再不早点回去的话,黄包车就坐不到了!”


  “哈哈哈哈,你说得倒巧。”

  这次是T说话。


  “喂,河合君,秘密完全暴露了哟。”


  “什么……”

  什么“秘密”?我听不懂T的意思,多少有点狼狈地反问。


  “真让人吃惊,我一直以为你是个君子……”接着是K一脸佩服地歪着头说,“河合君居然会跳舞,看来时代进步了。”


  “喂,河合君。”S对周遭有所顾忌,把嘴贴在我的耳畔,“你带着的那个好美人是谁啊?帮我们介绍一下吧。”


  “不,她不是那种可以介绍的女人。”


  “不是说她是帝剧的女优吗……诶,不是吗?据说她是活动女优,也有传闻说她是混血儿。快、快说出那个女人的老巢!不说的话就不许回去!”

  S完全没有注意到我脸上明显露出不愉快的表情,也没察觉到自己的口吃。他忘我地探出膝盖,认真地询问。

  “咦?难道不在舞会就叫不出那个女人吗?”


  我差一点就骂他“混蛋”。

  我本以为公司里没人察觉,岂知不只是嗅出来了,从有着浪子名声的S的口吻来推测,那些家伙不相信我们是夫妻,认为娜奥米是那种随叫随到的女人。


  “混蛋!揪住别人的细君说什么‘叫出来’!太无礼了!”

  面对这难以忍受的侮辱,我几乎是怒发冲冠,怒斥道。不,那一瞬间,我的脸色确实突然变了。


  “喂,河合,河合,和我说说啊,真是的!”H说着,回头看着K,“那个,K,你从哪里听来的……”

  那些家伙看准我为人和气,所以总是厚颜无耻。


  “我是从庆应的学生那里听说的。”


  “嗯?说了什么?”


  “他是我的亲戚,一个舞疯子,经常出入舞场,认识那个美人。”


  “她叫什么名字?”T从旁边探出头来。


  “名字……欸……奇怪的名字……娜奥米、好像是叫娜奥米吧。”


  “娜奥米?那就是混血儿吧。”S说着,冷嘲热讽般地看着我的脸。


  “如果她是混血儿,那就不是女优了。”


  “听说那个女人是个伟大的发展家,经常骚扰庆应的学生。”


  我的脸上浮现出奇怪的、仿若痉挛般的薄笑,嘴角也不断抽搐。K话到此处,那薄笑突然冻住了,停在脸颊上一动也不动,眼珠仿佛一下子钻进了眼窝深处。


  “哼,哼,那就是有希望咯!”S愉悦地说道。


  “你那个学生亲戚,和那个女人发生了什么吗?”


  “这个嘛,我也不知道,不过她好像有两三个有关系的朋友。”


  “停!停!要留意河合呀——瞧,瞧,他那副表情。”

  T这么一说,大家一起抬头看了我一眼笑了。


  “什么啊,让他稍微担心一下也好。竟然想私下独占那种美人,这种想法太不像话了。”


  “啊哈哈哈哈,河合君,难道君子也偶有风流的担心?”


  “哈哈哈哈哈。”


  我已经顾不上生气了。我完全听不出是谁说的话。只有一阵哄堂大笑,在两耳之中吱吱嘎嘎。

  我一时不知所措,不知道该如何脱身,不知道该哭还是该笑——但如果我一不小心说了些什么,会不会惹来更大的嘲弄呢?


  之后,我魂不守舍地冲出了吸烟室。

  站在泥泞的道路上,淋着冰冷的雨,双脚踩不着地。像是有什么东西从后面追了过来一样,我拼命地朝银座的方向逃去。


  出了尾张町的另一个左十字路口,我往新桥方向赶去……更确切地说,我的脚无意识地朝着那个方向移动,与我的头脑无关。

  在我的眼中,被雨淋湿的柏油路上,街灯闪闪发光。虽然天气不怎么好,但街上还是行人如织。啊,艺伎撑着伞娉婷而行,年轻的姑娘穿着法兰绒婀娜多姿,电车开动,汽车驰驱……


  ……娜奥米是过分的发展家,骚扰学生?怎么会有这样的事呢……有可能,确实有可能,看娜奥米最近的样子,不这么想反而不可思议。

  其实我私下里也很在意,但是因为她身边有很多男性朋友,所以反而放心了。娜奥米是个孩子,而且是个活泼的孩子。“我是男的”,正如她自己所说。她只是喜欢聚集一众男人,一起天真地、热闹地、傻傻地吵闹而已。

  就算她有什么企图,有这么多的人盯着,也不可能偷偷摸摸的进行,难道她……这样想的“难道”太可怕。


  但是,不会吧……难道这不可能不是事实吗?娜奥米虽然变得狂妄自大,但品性依旧高尚。我深知这一点。表面上轻蔑于我,其实对从十五岁起就把自己抚养长大的恩义心怀感激。她绝不会做出背叛我的事,她在睡梦中屡泪屡诉的话,我无法怀疑。

  那个K说的话——依事来看,说不定是公司里的坏家伙在戏弄自己?如果真的是这样就好了……K的那个亲戚学生是谁呢?那个学生知道两三个有关系的人?两三人?……滨田?熊谷?要说可疑,这两个人是最可疑的。

  可是,既然如此,那两人为什么不吵架呢?他们没有分开,而是一起来,很友好地和娜奥米玩,这又是怎么一回事?难道是蒙蔽我眼睛的手段吗?还是因为娜奥米操纵巧妙,以至于两人彼此都不知吗?不,更重要的是,娜奥米真的会那么堕落吗?如果和两个人有关系的话,会不会恬不知耻得像前几天晚上那样吵吵闹闹地睡杂鱼寝①呢?若是这样,那她岂不是比卖笑女还要过分吗……


  不知什么时候,我穿过新桥,沿着芝口的马路,一路“啪嗒啪嗒”地踩着泥浆往金杉桥方向走去。暴雨寸分不让,缝隙丝毫没有,天地犹如封闭,前后左右包围着我的身体,从伞上滴落的雨沾湿了肩膀。

  啊,那睡杂鱼寝的夜晚也是这样的雨。在coffee·diamond第一次向娜奥米吐露心声的那晚,虽然是春天,却也下了这样的雨。我这般想着。

  那么,今天晚上,当我浑身湿透地走在这里的时候,会不会有人来大森家呢?是不是又在睡杂鱼寝呢?——我突然浮现出这样的担忧。娜奥米在正中间,滨田和熊谷举止不雅,在画室叽叽喳喳地开玩笑的光景清晰可见。


  ‘是的,现在不是磨蹭的时候。’

  想到这里,我急忙赶往田町车站。一分钟、两分钟、三分钟……终于第三分钟电车来了。我从前从来没有经历过这么漫长的三分钟。


  娜奥米、娜奥米!我今晚为什么丢下她过来了呢?娜奥米不在旁边就是不行,这是最坏的事情——我觉得只要看到娜奥米的脸,这种烦躁的心情就多少能得到救赎。

  我祈祷,只要听到她豁达的声音,再看看她那双无辜的眼睛,就能消除心中的疑虑。


  不过,即便如此,如果她再次提出睡杂鱼寝,自己该说什么呢?在此之后,自己对她,对亲近她的滨田、熊谷,以及其他那些不三不四的人,应该采取什么态度呢?自己就算触怒她,也敢然严加监督吗?如果她乖乖地服从还好,但如果她反抗的话会要怎么办呢?不,不该是这样的。

  “我今天晚上受到了公司里那些家伙的严重侮辱,所以你也要谨慎行事,以免引起世人的误解。”我这么说,即使是为了自己的名誉,恐怕她也会听话吧。

  如果她不顾名誉和误会的话,正说明她确实可疑。K说的是事实。如果……啊,要是真有这种事的话……


  我努力保持冷静,尽量让心情平静下来,想象这最后的情况。如果她欺骗我的事实被揭穿,我还能原谅她吗?说实话,没有她,我一天也活不下去了。她堕落的罪责当然有一半在我身上,所以只要娜奥米老老实实地对前非表示歉意,我就不想再责怪她,也没有资格责怪她。

  但我担心的是,那个顽固的、对我特别强硬的女人,就算拿出证据,她会轻易向我低头吗?即使暂时低头了,内心也一点都不改过自新,反而轻视小瞧我,两度、三度地犯下重复同样的过错,不是吗?结果,双方都因为固执而分手——这对我来说是最可怕的事情。

  说得露骨点,比起她的贞操,这才更让我头痛。即使要审问她、监督她,我也必须事先决定好打算。当她说“我要搬出去”的时候,我必须要有“随便你出去”的觉悟才行……


  但是我知道,在这一点上娜奥米也有同样的弱点——她只有和我住在一起才能尽情地享受奢华,一旦被赶出这里,除了那个脏乱差的千束町的家,还有什么地方可以安身呢?

  这样一来,除非她成为卖笑女,再也不会有人奉承她一二。以前不管如何,反正她的虚荣心已经被养育得任性到了极点,完全无法忍耐。也许滨田、熊谷等人会收留她,但作为学生,不可能像我一样让她享受荣华富贵,这一点她应该很清楚。

  这么一想,我让她记住奢侈的味道是件好事。


  对了,话说回来,有一次上英语课的时候,娜奥米把笔记本撕了,我怒吼“滚出去”,她不就投降了吗?如果那时她出去的话,我不知道会该有多麻烦,但比起我的麻烦,她才更麻烦。

  因为有了我才有了她,离开了我的身边,她迟早会再次坠入社会的深渊,成为这个世界的牺牲品。这对她来说无疑是莫大的恐惧。一直到现在,这种恐惧也和那时一般无二。

  她也已经十九岁了。长了些岁数,多少有些懂事了,她应该更清楚地感受到了这一点。如果是这样的话,即使是为了吓唬人而说的“出去”,恐怕也不会认真执行吧。用这种明显能看透的威胁,看她到底会不会被吓到,这点我应该很清楚……


  到达大森站之前,我找回了一些勇气。

  我想,无论发生什么事,娜奥米和我都不会面临分手的命运,这一点一定是毋容置疑的。


  回到家门口,我恐惧的想象完全落空。

  画室里一片漆黑,似乎连一个客人都没有,鸦然无声,只有阁楼的四叠半房里有一盏孤灯。


  “啊,啊,她一个人在家啊……”


  我松了一口气,摸了摸胸口。‘这样真是太好了,这是幸福’,我忍不住这么想。

  我用钥匙打开了玄关的门,进去后马上开了画室的灯。仔细一看,房间里依旧乱七八糟,但没有客人来过的迹象。


  “娜奥米,我回来了……我回来了哟……”


  没有回答。

  我爬上楼梯,发现娜奥米一个人躺在四叠半房里的地板上,睡得很安稳。这对于她来说并不稀奇,如果觉得无聊,不管白天还是晚上,她常常不顾时间地钻进被窝里看小说,然后就呼呼大睡。

  看着她无罪的睡颜,我终于放心了。


  “难道这个女人在欺骗我?有这种事吗……现在,这个在我眼前平和呼吸的女人……”


  为了不吵醒她,我悄悄地坐在她的枕边,屏住呼吸注视着她的睡姿。

  我想起小时候听过的一个故事。昔日,狐狸伪装成美丽的姬主欺骗男人,但是在睡觉的时候,狐狸将显露原形,剥去妖怪的画皮——睡相不好的娜奥米已经完全剥去了身上的棉睡衣,领子夹在两股之间,双乳袒露,一只胳膊支起搁着,指尖宛如弯曲的树枝,另一只手则柔软地伸到我的膝盖附近。她的脑袋朝她伸出的手的方向侧卧着,好像马上就要从枕头上滑下来似的。就在鼻尖处,有一本仍翻开的书掉在地上。

  据她评价,那是“当今文坛最伟大的作家”有岛武郎的小说《该隐的后裔》。我的目光在那本粗订书的纯白西洋纸与她那雪白的胸脯上来回交错。


  娜奥米皮肌肤的颜色在太阳光的照射下时而变黄时而变白,但在酣睡的时候和刚起床的时候,却总是异常澄清。睡觉的时候,身上的油脂犹如被彻底清除,变得更美。

  一般情况下,“黑暗”是“夜晚”的附属物,但我一想到“夜晚”,就会联想起娜奥米那“白”肌肤。它与正午毫无遮掩的明亮的“白”不同,它是在污浊、肮脏、满是泥垢的被褥里,被褴褛包裹着的“白”。因而它更为吸引我。

  仔细端望着,她那被灯罩遮住的胸膛,仿佛湛蓝的水底,清晰地浮出水面。她醒时的表情是多么的明朗又变幻莫测,现在却眉眼忧愁,像被灌下了苦药,表情神秘,犹如缢死之人——我特别喜欢她的睡脸。

  “你一睡着,就像变了个人似的,看表情似乎做了一个可怕的梦。”——我经常这么说。‘这样看来,她死去时表情也一定很美’,我忍不住这样想。

  我宁愿这个女人是狐狸,既然她的正体如此妖艳,那我也心甘情愿被她魅惑。


  我沉默地坐了大约三十分钟。

  她的手从灯罩的阴影里探向光亮的方向,手背朝下,手掌朝上,犹如柔嫩地握住绽开的花瓣,手腕上的脉搏清晰地跳动着宁静。


  “……什么时候回来的?”

  呼、呼、呼,一直重复着的安详寝息稍微乱了一下,不久,她睁开了眼睛,表情还残留着忧郁……


  “现在……刚刚一会儿。”


  “为什么不把我叫醒?”


  “叫了,可是你没醒,就没再悄悄叫你。”


  “你坐在那里干什么——是在看我的睡颜吗?”


  “啊。”


  “哼,可笑的人!”

  说着,她像孩子一样天真地笑了,手伸出来放到我的膝盖上。

  “今天晚上一个人,很无聊呢。我本以为会有人来,没想到谁也没来玩……呐,papa先生,睡吗?”


  “睡,但是……”


  “好!来睡吧……躺得太久,被蚊子咬了好几下。这里,就是这里!稍微挠一下这里……”


  我按她说的,抓了一会儿她的胳膊和后背。


  “谢谢,我好痒、好痒——抱歉,能帮我把那件睡衣拿下来吗?再帮我穿上?”


  我拿来睡裙,抱起呈“大”字形倒在地上的她。在我解下带子,帮她换衣服的时候,娜奥米故意浑身瘫软,手脚像死尸一样软绵绵的。


  “把蚊帐吊起来,papa先生也早点睡吧……”


·


注:

①杂鱼寝:日本民俗,多人共处一室。


·


当時、私のこんなふしだらな有様は、会社の者は誰も知らない筈でした。家に居る時と会社に居る時と、私の生活は劃然と二分されていました。勿論事務を執っている際でも、頭の中にはナオミの姿が始終チラついていましたけれど、別段それが仕事の邪魔になるほどではなく、まして他人は気がつく訳もありません。で、同僚の眼には私は矢張君子に見えているのだろうと、そう思い込んでいたことでした。


ところが或る日―――まだ梅雨が明けきれない頃で、鬱陶しい晩のことでしたが、同僚の一人の波川と云う技師が、今度会社から洋行を命ぜられ、その送別会が築地の精養軒で催されたことがありました。私は例に依って義理一遍に出席したに過ぎませんから、会食が済み、デザート·コースの挨拶が終り、みんながぞろぞろ食堂から喫煙室へ流れ込んで、食後のリキウルを飲みながらガヤガヤ雑談をし始めた時分、もう帰っても好かろうと思って立ち上ると、「おい、河合君、まあかけ給え」と、ニヤニヤ笑いながら呼び止めたのは、Sと云う男でした。Sはほんのり微醺を帯びて、TやKやHなどと一つソオファを占領して、そのまん中へ私を無理に取り込めようとするのでした。


「まあ、そう逃げんでもいいじゃないか、これから何処かへお出かけかね、この雨の降るのに。―――」


と、Sはそう云って、孰方つかずに衝っ立ったままの私の顔を見上げながら、もう一度ニヤニヤ笑いました。


「いや、そう云う訳じゃないけれど、………」


「じゃ、真っ直ぐにお帰りかね」


そう云ったのはHでした。


「ああ、済まないけれど、失敬させてくれ給え。僕の所は大森だから、こんな天気には路が悪くって、早く帰らないと俥がなくなっちまうんだよ」


「あははは、巧く云ってるぜ」


と、今度はTが云いました。


「おい、河合君、種はすっかり上ってるんだぜ」


「何が?………」


「種」とはどう云う意味なのか、Tの言葉を判じかねて、私は少し狼狽しながら聞き返しました。


「驚いたなアどうも、君子とばかり思っていたのになア………」


と、次にはKが無闇と感心したように首をひねって、


「河合君がダンスをすると云うに至っちゃあ、何しろ時勢は進歩したもんだよ」


「おい、河合君」


と、Sはあたりに遠慮しながら、私の耳に口をつけるようにしました。


「その、君が連れて歩いている素晴らしい美人と云うのは何者かね? 一遍僕等にも紹介し給え」


「いや紹介するような女じゃないよ」


「だって、帝劇の女優だって云う話じゃないか。………え、そうじゃないのか、活動の女優だと云う噂もあるし、混血児だと云う説もあるんだが、その女の巣を云い給え。云わなけりゃ帰さんよ」


私が明かに不愉快な顔をして、口を吃らしているのも気が付かず、Sは夢中で膝を乗り出して、ムキになって尋ねるのでした。


「え、君、その女はダンスでなけりゃあ呼べないのか?」


私はもう少しで「馬鹿ッ」と云ったかも知れませんでした。まだ会社では恐らく誰も気がつくまいと思っていたのに、豈図らんや嗅ぎつけていたばかりでなく、道楽者の名を博しているSの口吻から察すると、奴等は私たちを夫婦であるとは信じないで、ナオミを何処へでも呼べる種類の女のように考えているのです。


「馬鹿ッ、人の細君を掴まえて『呼べるか』とは何だ! 失敬な事を云い給うな」


この堪え難い侮辱に対して、私は当然、血相を変えてこう怒鳴りつけるところでした。いや、たしかにほんの一瞬間、私はさッと顔色を変えました。


「おい、河合々々、教えろよ、ほんとに!」


と、奴等は私の人の好いのを見込んでいるので、何処までもずうずうしく、Hがそう云ってKの方を振り向きながら、「なあ、K、君は何処から聞いたんだって云ったけな。―――」


「僕ア慶応の学生から聞いたよ」


「ふん、何だって?」


「僕の親戚の奴なんでね、ダンス気違いなもんだから始終ダンス場へ出入りするんで、その美人を知ってるんだ」


「おい、名前は何て云うんだ?」


と、Tが横合から首を出しました。


「名前は………ええと、………妙な名だったよ、………ナオミ、………ナオミと云うんじゃなかったかな」


「ナオミ?………じゃあやっぱり混血児かな」


そう云ってSは、冷やかすように私の顔を覗いて、「混血児だとすると、女優じゃないな」


「何でも偉い発展家だそうだぜ、その女は。盛んに慶応の学生なんかを荒らし廻るんだそうだから」


私は変な、痙攣のような薄笑いを浮かべたまま、口もとをぴくぴく顫わせているだけでしたが、Kの話が此処まで来ると、その薄笑いは俄かに凍りついたように、頬ッぺたの上で動かなくなり、眼玉がグッと眼窩の奥へ凹んだような気がしました。


「ふん、ふん、そいつあ頼もしいや!」


と、Sはすっかり恐悦しながら云うのでした。


「君の親戚の学生と云うのも、その女と何かあったのかい?」


「いや、そりゃどうだか知らないが、友達のうちに二三人はあるそうだよ」


「止せ、止せ、河合が心配するから。―――ほら、ほら、あんな顔してるぜ」


Tがそう云うと、みんな一度に私を見上げて笑いました。


「なあに、ちっとぐらい心配させたって構わんさ。われわれに内証でそんな美人を専有しようとするなんて心がけが怪しからんよ」


「あはははは、どうだ河合君、君子もたまにはイキな心配をするのもよかろう?」


「あはははは」


もはや私は、怒るどころではありませんでした。誰が何と云ったのかまるで聞えませんでした。ただどっと云う笑い声が、両方の耳にがんがん響いただけでした。咄嗟の私の当惑は、どうしてこの場を切り抜けたらいいか、泣いたらいいのか、笑ったらいいのか、―――が、うっかり何か云ったりすると、尚更嘲弄されやしないかと云うことでした。


とにかく私は、何が何やら上の空で喫煙室を飛び出しました。そしてぬかるみの往来へ立って冷めたい雨に打たれるまでは、足が大地に着きませんでした。未だに後から何かが追い駆けて来るような心地で、私はどんどん銀座の方へ逃げ伸びました。


尾張町のもう一つ左の四つ角へ出て、そこを私は新橋の方へ歩いて行きました。………と云うよりも、私の足がただ無意識に、私の頭とは関係なく、その方角へ動いて行きました。私の眼には雨に濡れた舗道の上に街の燈火のきらきら光るのが映りました。このお天気にも拘わらず、通りはなかなか人が出ているようでした。あ、芸者が傘をさして通る、若い娘がフランネルを着て通る、電車が走る、自動車が駆ける、………


………ナオミが非常な発展家だ。学生たちを荒らし廻る?………そんな事が有り得るだろうか? 有り得る、たしかに有り得る、近頃のナオミの様子を見れば、そう思わないのが不思議なくらいだ。実は己だって内々気にしてはいたのだけれど、彼女を取り巻く男の友達が余り多いので、却って安心していたのだ。ナオミは子供だ、そして活溌だ。「あたし男よ」と彼女自身が云っている通りだ。だから男を大勢集めて、無邪気に、賑やかに、馬鹿ッ騒ぎをするのが好きなだけなんだ。仮に彼女に下心があったとしたって、これだけ多くの人目があれば、それを忍べるものではなし、まさか彼女が、………と、そう考えたこの「まさか」が悪かったんだ。


けれどもまさか、………まさか事実じゃないのじゃなかろうか? ナオミは生意気にはなったが、でも品性は気高い女だ。己はその事をよく知っている。うわべは己を軽蔑したりするけれども、十五の歳から養ってやった己の恩義には感謝している。決してそれを裏切るようなことはしないと、寝物語に彼女が屡屡涙を以て云う言葉を、己は疑うことは出来ない。あのKの話―――事に依ったら、あれは会社の人の悪い奴等が、己をからかうのじゃなかろうか? ほんとうに、そうであってくれればいいが。………あの、Kの親戚の学生と云うのは誰だろうか? その学生の知っているのでも二三人は関係がある? 二三人?………浜田? 熊谷?………怪しいとすればこの二人が一番怪しい、が、それならどうして二人は喧嘩しないのだろう。別々に来ないで、一緒にやって来て、仲よくナオミと遊んでいるのはどう云う気だろう? 己の眼を晦ます手段だろうか? ナオミが巧く操っているので、二人は互に知らないのだろうか? いや、それよりも何よりも、ナオミがそんなに堕落してしまっただろうか? 二人に関係があったとしたら、この間の晩の雑魚寝のような、あんな無耻な、しゃあしゃあとした真似が出来るだろうか? 若しそうだったら彼女のしぐさは売笑婦以上じゃないか。………


私はいつの間にか新橋を渡り、芝口の通りを真っ直ぐにぴちゃぴちゃ泥を撥ね上げながら金杉橋の方まで歩いてしまいました。雨は寸分の隙間もなく天地を閉じ込め、私の体を前後左右から包囲して、傘から落ちる雨だれがレインコートの肩を濡らします。ああ、あの雑魚寝をした晩もこんな雨だった。あのダイヤモンド·カフエエのテーブルでナオミに始めて自分の心を打ち明けた晩も、春ではあったがやっぱりこんな雨だった。と、私はそんなことを思いました。すると今夜も、自分がこうしてびしょ濡れになって此処を歩いている最中、大森の家には誰かが来ていやしないだろうか? 又雑魚寝じゃないのだろうか?―――と、そう云う疑惧が突然浮かんで来るのでした。ナオミをまん中に、浜田や熊谷が行儀の悪い居ずまいで、べちゃくちゃ冗談を云い合っている淫らなアトリエの光景が、まざまざと見えて来るのでした。


「そうだ。己はぐずぐずしている場合じゃないんだ」


そう思うと私は、急いで田町の停車場へ駆けつけました。一分、二分、三分………と、やっと三分目に電車が来ましたが、私は嘗てこんなに長い三分間を経験したことがありませんでした。


ナオミ、ナオミ! 己はどうして今夜彼女を置き去りにして来たのだろう。ナオミが傍に居ないからいけないんだ、それが一番悪い事なんだ。―――私はナオミの顔さえ見れば、このイライラした心持が幾らか救われる気がしました。彼女の闊達な話声を聞き、罪のなさそうな瞳を見れば疑念が晴れるであろうことを祈りました。


が、それにしても、若しも彼女が再び雑魚寝をしようなどと云い出したら、自分は何と云うべきだろうか? この後自分は、彼女に対し、彼女に寄りつく浜田や熊谷や、その他の有象無象に対し、どんな態度を執るべきだろうか? 自分は彼女の怒りを犯しても、敢然として監督を厳にすべきであろうか? それで彼女が大人しく自分に承服すればいいが、反抗したらどうなるだろう? いや、そんなことはない。「自分は今夜会社の奴等に甚だしい侮辱を受けた。だからお前も世間から誤解されないように、少し行動を慎しんでおくれ」と云えば、外の場合とは違うから、彼女自身の名誉のためにでも、恐らく云うことを聴くであろう。若しその名誉も誤解も顧みないようなら、正しく彼女は怪しいのだ。Kの話は事実なのだ。若し、………ああ、そんな事があったら………


私は努めて冷静に、出来るだけ心を落ち着けて、この最後の場合を想像しました。彼女が私を欺いていたことが明かになったとしたら、私は彼女を許せるだろうか?―――正直のところ、既に私は彼女なしには一日も生きて行かれません。彼女が堕落した罪の一半は勿論私にもあるのですから、ナオミが素直に前非を悔いて詫まってさえくれるなら、私はそれ以上彼女を責めたくはありませんし、責める資格もないのです。けれども私の心配なのは、あの強情な、殊に私に対しては一と入強硬になりたがる彼女が、仮に証拠を突きつけたとしても、そう易々と私に頭を下げるだろうかと云うことでした。たとい一旦は下げたとしても、実は少しも改心しないで、此方を甘く見くびって、二度も三度も同じ過を繰り返すようになりはしないか? そして結局、お互の意地ッ張りから別れるようになってしまったら?―――それが私には何より恐ろしいことでした。露骨に云えば彼女の貞操その物よりも、ずっとこの方が頭痛の種でした。彼女を糺明し、或は監督するにしても、その際に処する自分の腹を予め決めて置かなけりゃならない。「そんならあたし出て行くわよ」と云われたとき、「勝手に出て行け」と云えるだけの、覚悟が出来ているならいいが。………


しかし私は、この点になるとナオミの方にも同じ弱点があることを知っていました。なぜなら彼女は、私と一緒に暮らしてこそ思う存分の贅沢が出来ますけれども、一と度此処を追い出されたら、あのむさくろしい千束町の家より外、何処に身を置く場所があるでしょう。もうそうなれば、それこそほんとに売笑婦にでもならない以上、誰も彼女にチヤホヤ云う者はなくなるでしょう。昔はとにかく、我が儘一杯に育ってしまった今の彼女の虚栄心では、それは到底忍び得ないに極まっています。或は浜田や熊谷などが引き取ると云うかも知れませんが、学生の身で、私がさせて置いたような栄耀栄華がさせられないのは、彼女にも分っている筈です。そう考えると、私が彼女に贅沢の味を覚えさせたのはいい事でした。


そうだ、そう云えばいつか英語の時間にナオミがノートを引き裂いた時、己が怒って「出て行け」と云ったら、彼女は降参したじゃないか。あの時彼女に出て行かれたらどんなに困ったか知れないのだが、己が困るより彼女の方がもっと困るのだ。己があっての彼女であって、己の傍を離れたが最後、再び社会のどん底へ落ちてこの世の下積になってしまう。それが彼女には余程恐ろしいに違いないのだ。その恐ろしさは今もあの時と変りはあるまい。もはや彼女も今歳は十九だ。歳を取って、多少でも分別がついて来ただけ、一層彼女はそれをハッキリと感じる筈だ。そうだとすれば万一おどかしに「出て行く」と云うことはあっても、よもや本気で実行することは出来なかろう。そんな見え透いた威嚇で以て、己が驚くか驚かないか、そのくらいなことは分っているだろう。………


私は大森の駅へ着くまでに、いくらか勇気を取り返しました。どんな事があってもナオミと私とは別れるような運命にはならない、もうそれだけはきっと確かだと思えました。


家の前までやって来ると、私の忌まわしい想像はすっかり外れて、アトリエの中は真っ暗になっており、一人の客もないらしく、しーんと静かで、ただ屋根裏の四畳半に明りが燈っているだけでした。


「ああ、一人で留守番をしているんだな、―――」


私はほっと胸を撫でました。「これでよかった、ほんとうに仕合わせだった」と、そんな気がしないではいられませんでした。


締まりのしてある玄関の扉を合鍵で開け、中へ這入ると私は直ぐにアトリエの電気をつけました。見ると、部屋は相変らず取り散らかしてありますけれど、矢張客の来たような形跡はありません。


「ナオミちゃん、只今、………帰って来たよ、………」


そう云っても返辞がないので、梯子段を上って行くと、ナオミは一人四畳半に床を取って、安らかに眠っているのでした。これは彼女に珍しいことではないので、退屈すれば昼でも夜でも、時間を構わず布団の中へもぐり込んで小説を読み、そのまますやすやと寝入ってしまうのが常でしたから、その罪のない寝顔に接しては、私はいよいよ安心するばかりでした。


「この女が己を欺いている? そんな事があるだろうか?………この、現在己の眼の前で平和な呼吸をつづけている女が?………」


私は密かに、彼女の眠りを覚まさないように枕もとへ据わったまま、暫くじっと息を殺してその寝姿を見守りました。昔、狐が美しいお姫様に化けて男を欺したが、寝ている間に正体を顕わして、化けの皮を剥がされてしまった。―――私は何か、子供の時分に聞いたことのあるそんな噺を想い出しました。寝像の悪いナオミは、掻い巻きをすっかり剥いでしまって、両股の間にその襟を挟み、乳の方まで露わになった胸の上へ、片肘を立ててその手の先を、あたかも撓んだ枝のように載せています。そして片一方の手は、ちょうど私が据わっている膝のあたりまで、しなやかに伸びています。首は、その伸ばした手の方角へ横向きになって、今にも枕からずり落ちそうに傾いている。そのつい鼻の先の所に、一冊の本がページを開いたまま落ちていました。それは彼女の批評に依れば「今の文壇で一番偉い作家だ」と云う有島武郎の、「カインの末裔」と云う小説でした。私の眼は、その仮綴じの本の純白な西洋紙と、彼女の胸の白さとの上に、交る交る注がれました。


ナオミは一体、その肌の色が日によって黄色く見えたり白く見えたりするのでしたが、ぐっすり寝込んでいる時や起きたばかりの時などは、いつも非常に冴えていました。眠っている間に、すっかり体中の脂が脱けてしまうかのように、きれいになりました。普通の場合「夜」と「暗黒」とは附き物ですけれど、私は常に「夜」を思うと、ナオミの肌の「白さ」を連想しないではいられませんでした。それは真っ昼間の、隈なく明るい「白さ」とは違って、汚れた、きたない、垢だらけな布団の中の、云わば襤褸に包まれた「白さ」であるだけ、余計私を惹きつけました。で、こうしてつくづく眺めていると、ランプの笠の蔭になっている彼女の胸は、まるで真っ青な水の底にでもあるもののように、鮮かに浮き上って来るのでした。起きている時はあんなに晴れやかな、変幻極りないその顔つきも、今は憂鬱に眉根を寄せて苦い薬を飲まされたような、頸を縊められた人のような、神秘な表情をしているのですが、私は彼女のこの寝顔が大へん好きでした。「お前は寝ると別人のような表情になるね、恐ろしい夢でも見ているように」―――と、よくそんなことを云い云いしました。「これでは彼女の死顔もきっと美しいに違いない」と、そう思ったことも屡屡ありました。私はよしやこの女が狐であっても、その正体がこんな妖艶なものであるなら、寧ろ喜んで魅せられることを望んだでしょう。


私は大凡そ三十分ぐらいそうして黙ってすわっていました。笠の蔭から明るい方へはみ出している彼女の手は、甲を下に、掌を上に、綻びかけた花びらのように柔かに握られて、その手頸には静かな脈の打っているのがハッキリと分りました。


「いつ帰ったの?………」


すう、すう、すう、と、安らかに繰り返されていた寝息が少し乱れたかと思うと、やがて彼女は眼を開きました。その憂鬱な表情をまだ何処やらに残しながら、………


「今、………もう少し前」


「なぜあたしを起さなかった?」


「呼んだんだけれど起きなかったから、そうッとして置いたんだよ」


「そこにすわって、何をしてたの?―――寝顔を見ていた?」


「ああ」


「ふッ、可笑しな人!」


そう云って彼女は、子供のようにあどけなく笑って、伸ばしていた手を私の膝に載せました。


「あたし今夜は独りぽっちでつまらなかったわ。誰か来るかと思ったら、誰も遊びに来ないんだもの。………ねえ、パパさん、もう寝ない?」


「寝てもいいけれど、………」


「よう、寝てよう!………ごろ寝しちゃったもんだから、方々蚊に喰われちゃったわ。ほら、こんなよ! ここん所を少うし掻いて!―――」


云われるままに、私は彼女の腕だの背中だのを暫く掻いてやりました。


「ああ、ありがと、痒くって痒くって仕様がないわ。―――済まないけれど、そこにある寝間着を取ってくれない? そうしてあたしに着せてくれない?」


私はガウンを持って来て、大の字なりに倒れている彼女の体を抱き掬いました。そして私が帯を解き、着物を着換えさせてやる間、ナオミはわざとぐったりとして、屍骸のように手足をぐにゃぐにゃさせていました。


「蚊帳を吊って、それからパパさんも早く寝てよう。―――」


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